蕺園記 | Jip-Won

今有一個園子,皆盡是岑草,如何除得去

地名字音轉用例(本文)

地名字音轉用例

 

松坂本居宣長先生作。翻刻底本為京都大學所藏伴信友舊藏本。

注有四種:其一朱色較黯,字體較小,標記作「伴(一)」;其二朱色較明,字大不一,標記作「伴(二)」;其三為鈴木朗先生説之迻錄,墨色與伴(二)相類,記作「鈴」以示區別;其四為上田百木説之迻錄。

 

凡ソ諸國名、又郡郷ナドノ名ドモ、古ヘハ文字ニカヽラズ、正字ニマレ借リ字ニマレ、アルベキマヽニ、身刺野(ムサシノ)・科野(シナノ)・道奥(ミチノク)・稲羽(イナバ)・針間(ハリマ)・津嶋(ツシマ)ナドヤウニ書キ、或ハ上毛野(カミツケノ)・下毛野(シモツケノ)・多遲麻(タヂマ)ナド、字ノ数ニモカヽハラズ、三字ナドニモ書タリシヲ、ヤヽ後ニナリテ、字ヲ擇ブコト始マリ、又必二字ニ定メテ書クコトヽハナレルナリ。續紀和銅六年五月詔ニ、畿内七道諸國郡郷名、著(ツケヨ)好(ヨキ)字ト見エ、延喜民部式ニ、凡諸國部内郡里等名、並(ミナ)用二字、必嘉名ナド見エタルガ如シ。〈嘉名ト云モ字ノコト也。〉但シ和銅六年ヨリ前(サキ)ヨリモ、既(ハヤ)ク字ヲ擇バレシコトモ有シトハ見エタルヲ、彼時ニ至テ、ナホタシカニ定メラレタルナルベシ。出雲風土記ニ、郷名ドモ、神龜三年改トシルセル多ケレバ、和銅ノ後ニモ、ナホツギ〱改メラレシモ有シナルベシ。又必二字ニ定メラレタルモ、延喜式ヨリ始マレルコトニハ非ズ。既(ハヤ)ク奈良朝ノホドヨリ、多クハ二字ニ書リト見エタリ。サテ國郡郷ノ名、カクノ如ク好字ヲ擇ビ、必二字ニ書ニツキテハ、字音ヲ借テ書名ハ、尋常(ヨノツネ)ノ假字ノ例ニテハ、二字ニ約(ツヾ)メガタク、字ノ本音ノマヽニテハ、其名ニ叶ヘ難キガ多キ故ニ、字音ヲサマ〲ニ轉ジ用ヒテ、尋常ノ假字ノ例トハ、異ナルガ多キコト、相模(サガミ)ノ相(サガ)、信濃(シナノ)ノ信(シナ)ナドノ如シ、カヽルタガヒ皆是レ。物ヽシキ字ヲ擇ビテ、必二字ニ約メムタメニ、止事ヲ得ズ、如此(カク)サマニ音ヲ轉用シタルモノナリ。然ルニ後人、此義(コヽロ)ヲタドラズシテ、國郡郷ノ名ドモノ、其字音ニアタラザルコトヲ、疑フ者多シ、殊ニ漢學者ナドハ、タヾ漢籍ヲ見馴タルココロニテ、字ヲ本ト心得ルカラ、其音ニアタラザル地名ヲバ、後ニ訛レルモノトシテ、タトヘバ相模ハモトサウモ、信濃ハシンノウナリシヲ、サガミシナノトハ、後ニ訛レル也トヤウニサヘ思フメリ。是イミシキヒガコト也。是ニヨリテ吾今、カヽル惑ヲサトサムタメニ、地名ノ唱、其字ノ本音ニ合ザルモノヲ、類ヲ分ケ聚挙テ、轉用ノ例ヲ示スナリ。

〇韻ヲ省キテ用ヒタル字音ハ、尋常ノ假字ニモ例多ク、ツネノ事ナレバ、此ニハ舉ズ、國名ノアハヲ、安房(アンハウ)ト書ルタグヒ是ナリ。

〇凡ソ此ニ舉ルハ、國名郡名郷名ニテ、和名抄ニ出タルマヽナリ。其餘ノ地名ハ、大カタ舉ズ。然レドモ其(ソレ)モ、名高ク常ニ出ルヲバ、思ヒ出ルマヽニ、彼此(コレカレ)トアゲタルモアリ。

〇和名抄諸國ノ郷名ノ中ニ、字音トオボシキハ、此ニ舉タル外ニモ、ナホイト多カレドモ、唱ヲ注セザルハ、イカナル名トモ知ガタケレバ、皆漏(モラ)セリ、其中ニ、其國ニテハ、其名今モ殘リテ唱ノ知ラレタルモアルベキヲ、其(ソ)ハ此ニ舉タル例ドモニ俲ヒテ、其轉用ヲ知ベシ。

〇此舉タル凡テノ例ヲ、初條ナルサガラカニテ云ム。先さがらかト舉タルハ、其地名ナリ。次ニ相樂ハ、其音ヲ轉ジテ當(アテ)タル字也。次ニ其下ニ細書ニ、山ト記セルハ、山城國ノヨシ也。凡テ諸國何(イヅ)レモ、省キテ一字ヲ出セリ、郡ト記セルハ、郡名ノヨシナリ、郷ハ郷名ナリ。又加ト記セルハ、和名抄ニ注セル唱ナリ。和名抄ニ唱ヲ注セザルハ、他(アダ)古書ニ見エタルヲ以テ記ス。其(ソ)ハ其書ノ名ヲ舉グ、凡テ何(イヅ)レモ右ノ例ヲ以テ心得ベシ。

 

  • 【ウ】ノ韻ヲ【カ】ノ行ノ音ニ轉ジ用ヒタル例

伴(二) [ウ]も[ン]も[加]行濁音に轉用。

『和名抄』参河郷名、望理(まがり)。播郷同名。

〇さがむ [相]模〈國〉 佐加三(さがみ) 相はさうの音なるを、韻のを轉して、さがに用ひたり。 〈此國名は、もとさがむなりしを、『和名抄』に佐加三と注したるは、後の唱なり。『古事記』に相武と書き、哥にも佐賀牟とあり。模字も、のおとなれば、に近くして、には遠し。〉

〇さがらか [相]樂〈山郡〉 佐加良加(さがらか) 相(さう)をさがに用ひたる、上に同じ。〈樂(らか)のゆとは下に出。〉

〇かヾみ [香]美〈土郡阿郷〉加ゞ美(かヾみ)

〇かヾと [香]止〈備前郷〉加ゞ止(かヾと)

伴(一) 信云、天武元年紀に韋那公高見とある人の名もかヾみ也。そは威奈公大村の墓中にありし、葬器の銘に威奈鏡公と書るはまさしく高見に当たりてきこゆる也。

これら香(かう)をかヾに用ひたる上の相(さが)の例に同じ。

以上【ウ】の韻を【ガ】に用ひたり。

 

〇おたぎ 愛[宕]〈山郡〉於多岐(おたぎ)

〇たぎの [宕]野〈勢郷〉多木乃(たきの)

これら宕はたうの音なるを、たぎに用ひたり。

〇よろぎ 餘綾(相郡)与呂岐(よろぎ) 綾はりょうの音なるを、〈りょを直音にして、に用ひ。〉韻のに用ひたり。

〇くらぎ 久[良]〈武郡〉久良岐(くらぎ)

〇みなぎ 美[囊]〈播郡〉美奈木(みなぎ)

〇たぎま [當]麻〈和郷〉多以末(たいま) 〈此郷名たぎまなるを、『和名抄』に多以末と注したるは、後の音便の唱なり。『古事記』に當岐麻(たぎま)とも當藝麻(たぎま)ともあり。〉

〇ふたぎ 布[當]〈山〉『万葉』六に見えたり。〈これを今本に、ふたいと訓るは、當麻(たぎま)をたいまと云と同く、後の唱へにて誤なり。〉

右良をらぎ、嚢(なう)をなぎ、當(たう)をたぎに用ひたる、上の宕(たぎ)・綾(ろぎ)の例に同じ。

以上【ウ】の韻を【ギ】に用ひたり。

 

〇うまぐた [望]多〈上總郡〉末宇太(まうた) 望はまうの音なるを、の韻を轉じて、まぐに用ひたり。〈上のに當る字をば省けり。を省く例は常也。さて、和名抄に末宇太とあるは、後の音便の唱なり。『古事記』に馬来田(うまぐた)、『万葉』に宇麻具多(うまぐた)とあり。〉

〇いくれ [勇]礼〈越後郷〉以久礼 勇はゆうの音なるを、いくに用ひたり。〈に用ひたる例は下に出。〉

〇かぐやま [香]山〈和〉神武紀に、香山此介遇夜麽(かぐやま)とあり。是香(かう)の音を取れる也。〈訓を以て香来山など書るとは異なり。思ひまがふべからず。さて、書紀に字音にも訓注をしたること、例あり。興台産霊(こヾとむすび)と云神名の興台二字も、音なるに訓注あり。〉

伴(一) 『万』一にかぐ山を「高山」とかけるも高(かう)をかぐに用たる也。天武元年紀に韋那公高見とある名も

以上【ウ】の韻を【グ】に用ひたり。

 

〇いかご 伊[香](近郡)伊加古(いかご)

〇あたご 愛[宕](丹波)『神名帳』に阿多古(あたご)と見えたり。

これら香(かう)をかご、宕(たう)をたごに用ひたり。〈かの神名の興台(こヾ台)の興(こヾ)なども、こうの音を取れるにて、是と同例なり。〉

以上【ウ】の韻を【ゴ】に用ひたり。

 

〈上件の韻を轉じて、に用ひたる地名、其轉じたる音、皆濁音也。其中に久良(くらき)のと、勇礼(いくれ)のとは、清濁いかなるむ、知らねども、餘の例を以て見れば、此らも濁なるべし。〉

伴(二) 信友云、以下▲此印つけたるは鈴木朗の説なり。篤胤の本をかりて書入れ寫しつ。〈文化十二年〉

鈴 ▲韻の[ウ]は誠に[グ]に近く[ク]には遠し。

 

  • 【ン】ノ韻ヲ【マ】ノ行ノ音ニ轉ジ用ヒタル例

鈴 ▲ハヌル韻のもじに【ニ】・【ヌ】・【ミ】・【ム】・【モ】の五種あり。これも入声の韻の如くとなへて、ハヌル音は無かりし也。五種と云ふ中に【ニ】・【ヌ】は一類にて、【ミ】・【ム】・【モ】は『韻鏡』第三十八より四十一までの字に用て今の唐韻にもこの字どもは皆口合するはね声゛也。【ニ】・【ヌ】は同書の第十七より廿四までの字に用て、今の唐音にもこの十八より以下は皆口を開くはね声゛なるに、たヾ第十七のみ今は口を合せてはぬる也。されば此一轉の字の古書に見えたること〱く皆【ニ】・【ヌ】のもじを以てはね声にしたるに、たヾ小野因高の因の字のみ【イモ】と云ふ音也。これ亦故ある事なるべし。かなたの音韻の差別と云ひ、こなたのかなの格と云ひ、かくさだかなる事なるを字音假名用格に差別なしと云はれたるはひがこと也。『三音考』に至てわかてる定めのあるべきかと疑はれたるは、いまだ其審なる所を得られざりつる也。

伴(二) [ム]の韻なり。マの行。

〇いさま 伊[参]〈上野郷〉伊佐万(いさま) 参はさんの音なるを、さまに用ひたり。

〇なましな [男]信〈上野郷〉奈万之奈(なましな) 男(なん)をなまに用ひたり。

以上【ン】の韻を【マ】に用ひたり。

 

〇いじみ 夷[灊]〈上總郷〉伊志美(いじみ) 灊はじんの音なるを、じみに用ひたり。〈燈心(とうしみ)なども此例なり。〉但し『古事記』には伊自牟(いじむ)とあり、もとは然云しなるべし。〈さればいじみと云は、さがむさがみと云類にて、後の唱か。〉『書紀』には伊甚とあり。

〇あづみ 安[曇]〈信郡〉阿都三(あづみ) 曇(どん)をづみに用ひたり。

〇みぐみ 美[含]〈但郷〉三久美(みぐみ) 含(ごん)をだみに用ひたり。

〇くたみ 玖[潭]〈雲郷〉『風土記』に久多見(くたみ)。〈『和名抄』に潭字を澤に誤れり、『神名帳』また『風土記』などに潭とあるなり。

〇みたみ 美「談」〈雲郷〉『風土記』に三太三(みたみ)。

〇しヾみ 志[深]〈播郷〉之ゝ美(しヾみ) 『書紀』に縮見(しヾみ)とあり、『古事記』には志自牟(しヾむ)。

〇いなみ 印[南]〈播郷〉伊奈美(いなみ) 南はなんの音を轉じて、なみに用ひたるなり。〈訓のみなみを取れるには非ず、伊邪那美神の御名の那美を、『書紀』に冉(なみ)と書れたるも、此と同例也。冉は、『史記正義』に奴甘反とありて、呉音なんなり。これを『書紀』本どもに、冊と作(かけ)るは、写誤なり。〉

〇わざみ 和[蹔]〈濃〉 天武紀に見ゆ。『万葉』二に和射見(わざみ)とあり。蹔(ざん)をざみに用ひたり。

〇みみらく [旻]樂〈肥前〉 『續後紀』六に見ゆ。『万葉』十六に美弥良久(みみらく)とある是なり。旻呉音みんを、みヽに用ひたり。

伴(二) 旻〈音みん、奈行轉用例なり。〉弥は祢の誤ならんヿ。若狭国三方郡郷名『和名抄』に祢美とあるも祢は弥の誤なるヿ。今も耳の庄あるにてしられぬ。古万葉十六十一左活本美祢良久とあるぞ正しからむ。

以上【ン】の韻を【ミ】に用ひたり。

 

〇なめさ [南]佐〈雲郷〉 『風土記』に、云ゝ「故、南佐(なめさと)、神亀三年改滑狹」とあり、然るを『和名抄』に、南佐と滑狹とを別に舉たるは、まぎれたる誤なるべし。

右【ン】の韻を【メ】に用ひたり。

 

〇ゑども [惠]曇〈雲郷〉 『風土記』に惠伴(ゑども)と見え、惠杼毛(ゑどもの)社もあり。

右【ン】の韻を【も】に用ひたり。

伴(一) 因を【イモ】に用ひたる例。推古紀に小野妹子(さぬのいもこ)が唐にて蘇因高(そいんかう)と称し由みえたり。唐さまに字をあてヽ書かへたる也。蘓は小野(さぬ)の【サ】の通音、因は妹(いも)をあたる也。高(かう)は子(こ)にあてたる也。ついでに云、桓武延厂廿二年紀、藤原菖野(かどぬ)广呂のヿを『唐書』に宝亀六年の度の御使にまがへて興能と記せり。これも唐風にものせる也。かどの切【コ】なるを興(こう)字を用ひたるなるべし。紀畧また空海の事には賀能と書り。

鈴 ▲以上の四條こと〱皆韻鏡第三十八以下のはね音の字也。【マ】に用ひ、【メ】に用ひ、【モ】に用ひたるは轉用也。【ミ】に用ひ【モ】に用ひたるは轉用にあらず正音也。

 

  • 【ン】ノ韻ヲ【ナ】ノ行ノ音ニ轉ジ用ヒタル例

伴(二) [ン]の韻なりなの行。

〇しなの [信]濃〈國〉 之奈乃(しなの) 信(しん)をしなに用ひたり。『古事記』に科野(しなぬ)となり。〈濃字も、の假字なれば、もとはしなぬなり。〉

〇いなば [因]幡〈國〉 以奈八(いなば) 『古事記』に稲羽とあり。

〇ゐなべ [貟]辨〈勢郡〉 為奈倍(ゐなべ)

伴(一) [貟]音圓(えん)也。[え]を[ゐ]に轉してゐんを云ならひたる也。今も貟をゐんの音に呼へり。[院]も仝じ。

〇うなで [雲]梯〈和郷〉宇奈天(うなで)

〇なましな 男[信]〈上野郷〉奈万之奈(なましな)〈男(なま)のことは上に出。〉

以上【ン】の韻を【ナ】に用ひたり。

 

〇たには [丹]波〈國〉 太迩波(たには) 丹(たん)をたにヽ用ひたり。〈後世に此たんばと唱るは、音便に頽(くづ)れたるもの也。と云音便、常に多し。難波をなんばと云うなども同じ。波(は)も、もと清音なるを、の音便に引れて、濁るなり。凡て音便のの下は、必濁れり、此たにはを、たんばと云を、字音に因れる唱へと思ふは非ず。〉

〇おとくに 乙[訓]〈山郡〉 於止久迩(おとくに) 訓(くん)をくにヽ用ひたり。〈乙(おと)のことは下に出。〉

〇おにふ [遠]敷〈若郡〉 乎尔布(をにふ)

〇やまくに 養[訓]〈藝郷〉 也万久尔(やまくに)

〇なには [難]波〈津〉 『古事記』に那尔波(なには)。

以上【ン】の韻を【ニ】に用ひたり。

 

〇さぬき [讃]岐〈國〉 佐奴岐(さぬき) 讃(さん)をさぬに用ひたり。

伴(一) 信友按上野囗群馬郡に神亀三年丙寅二月廿九日と記たる古碑に「羣馬下賛郷高田里三家」云ヽとある。賛はさぬきさぬまたと用ひたる例にて賛は佐野(さぬ)なるべし。/此碑文佐野三家碑と云なれたり、佐野の地名なほ考べき也。佐野は群馬郡なるよし、『西野撮土』に見ゆ。

〇さぬき [散]吉〈和郷〉 是は『神名帳』に讃岐神社とある處なるべく思はるヽ故に、さぬきとせり、廣瀬郡也。

〇みぬめ [敏]馬〈津〉 『万葉』に美奴面(みぬめ)又三犬女(みぬめ)などもあり。 敏呉音みんを、みぬに用ひたり。

〇みぬめ [汶]賣〈同上〉 『神名帳』に見ゆ。

〇ちぬ [珍]〈泉〉 『万葉』十六、又『姓氏録』などに見ゆ。『古事記』に血沼(ちぬ)、『書紀』に茅渟(ちぬ)、『續紀』に珍努(ちぬ)などあり。

以上【ン】の韻を【ヌ】に用ひたり。

 

〇うねび [雲]飛〈和〉 『万葉』七に見えたり。

右【ン】の韻を【ネ】に用ひたり。

 

〇しのぶ [信]夫〈奥郡〉 志乃不(しのぶ)

〇しのだ [信]太〈泉郷〉

〇みのだ [民]太〈勢郷〉 三乃多(みのだ) 『神名帳』に敏太(みのだ)神社とある。是なり。〈今は美濃田と書也〉

百木按に、民太又敏太もともに美奴太なるを、『和名抄』のころには美乃太と唱へるなるむか。『和名抄』の訓注には奴なるを多く乃と注せり。

以上【ン】の韻を【ノ】に用ひたり。 但を、古しぬぶしぬだみぬだと云しを、と云は、皆後の唱にぞあらむ。野(ぬ)・篠(しぬ)・角(つぬ)・忍(しぬぶ)・陵(しのぐ)など、古と云しを、後には皆と云例多ければ也。和泉の信太(しのだ)も、『万葉』九には、小竹田(しぬだ)とぞある。

鈴 ▲以上の五條こと〱く皆『韻鏡』第十七より廿四までの音にしてに・ぬの二つに用たるは、例の正音にして轉用にあらず。前にも云るごとく、んと云音は最初の和音にはあらず。後に唐人の音に聞なれて、かなたにくはしくなり、こなたにけがれの出来たるなり。

 

【ン】ノ韻ヲ【ラ】ノ行ノ音ニ轉ジ用ヒタル例

伴(二) [ン]の韻ら行轉例。

〇さらヽ [讃]良〈河郡〉 佐良ゝ(さらヽ) 讃(さん)をさらに用ひたり。

右【ン】の韻を【ラ】に用ひたり。

 

〇はりま [播]磨〈國〉 波里万(はりま)

伴(一)播はなべての音なれども、北潘切にてはんの音あり。(んカ)をに連してはんとも呼ぶ也。/土佐囗安藝郡奈半郷『和名抄』釈注なし。『土佐日記』にはなはの泊となり、後にはなはりと云ふ。『土佐囗遺詔』に奈波利と注し、今なはりの郷・なはり村あり。(上田百木説)

〇へぐり 平[群]〈和郡〉 倍久里(へぐり)

伴(二) 和郡、平郡(群カ)、倍久里。房郡、同じ、ヽヽ利。

〇はしりゐ 八[信]井〈近江〉 『万葉』七に見えたり。

以上【ン】の韻を【リ】に用ひたり。

 

〇するが [駿]河〈國〉 須流加(するが) 駿はしゆんの音なるを、〈しゆを直音にしてに用ひ。〉の韻を轉じて、するに用ひたり。

〇くるま [群]馬〈上野郡〉 久留末(くるま)

〇つるが [敦]賀〈越前郡〉 都留我(つるが) 敦(とん)を、に轉じ、に轉じて、つるに用ひたり。但名もとはつぬがにて、古書に角鹿とあり。

伴(一) 『西宮記』に北陸道を久加乃道とあるは、久加を久加ともいへる也。

〇くるへ [訓]覇〈勢郷〉 久留倍(くるへ)

〇くるべき [訓]覓〈藝郷〉 久留倍木(くるべき)

以上【ン】の韻を【ル】に用ひたり。

 

鈴 ▲以上の三條皆【ニ】【ヌ】の韻の字也。【ラリルレロ】と【ナニヌネ】とはちかきおとなるゆゑに、かり用ひたる也。この中に、【ミ】【ム】の韻の字の一つもまじりたらぬを以て、二つの別ちのさだかなるヿをしるべし。但し此中播广の播の字は【ハ】の音なるをいかにして【ハン】の音の格に用られしにか。

伴(一) (鈴「【ハン】の音」につく注)北潘切ハンの音もあり。此説疎也。

 

入聲【フ】ノ韻ヲ同ノ音ニ通用シタル例

伴(二) [フ]韻は行轉。

〇あゆかは 愛[甲]〈相郡〉 阿由加波(あゆかは) 甲(かふ)をかはに用ひたり。〈愛(あゆ)のことは下に出。〉

〇おはらき [邑]樂〈上野郡〉 於波良岐(おはらき) 邑は呉音おふなるを、おはに用ひたり。〈樂(らき)のことは下に出。〉

伴(一) 今おふらと呼。

〇さはだ [雜]太〈佐郡〉 佐波太(さはだ)

〇いざは 伊[雜]〈志郷〉 『神名帳』に伊射波(いざは)とあり。〈『和名抄』本雜字を椎に誤れり。『大神宮儀式帳』に伊雜。〉

〇そかは 蘇[甲]〈讃郷〉 曽加波(そかは)

〇かはし [合]志〈肥後郷〉 加波志(かはし)

以上【フ】の韻を【ハ】に用ひたり。

 

〇いひほ [揖]保〈播郡〉 伊比保(いひほ) 揖(いふ)をいひに用ひたり。

〇あひら [姶]羅〈隅郡〉 阿比良(あひら) 姶は烏(う)合(がふ)反にて、あふの音なるを、あひに用ひたり。

〇きいれ [給]黎〈薩郡〉 岐比礼(きひれ) 給(きふ)をきひに用ひたり。

〇いひしろ [邑]代〈遠郷〉 伊比之呂(いひしろ)

〇さひか [雜]賀〈紀〉 『万葉』六に左日鹿(さひか)

以上【フ】の韻を【ヒ】に用ひたり。

 

〇おほち [邑]知〈石郡・能郡〉 於保知(おほち)

〇おほく [邑]久〈備前郡〉 於保久(おほく)

〇ほヽき [法]吉〈雲郷〉 『神名帳』にも『風土記』にも、たヾ法吉とありて、ほヽきと唱ふべきことは見えざれども、必然唱ふべくおぼゆ。〈其故は、『風土記』に、此郷名の由縁を記して云、「神魂御子宇武賀比賣命、法吉鳥化而(なりて)、飛度リテマリ、故法吉」とある。法吉鳥は、鳴声によれる名にて、必ほほきどりと訓て、鸎のことヽ聞えたり。されば此郷名、必ほヽきなるべし。〉

以上【フ】の韻を【ホ】に用ひたり。

 

入聲【ツ】ノ韻ヲ同ノ音ニ通用シタル例

伴(二) [ツ]た行轉。

〇しだら [設]樂〈三郡〉 志太良(しだら) 設(せつ)をしだに用ひたり。〈に轉用したる例は下に出。〉

〇たくら [達]良〈房郷〉 太ゝ良(たヽら)

〇くたみ [忽]美〈雲郷〉 『風土記』に見ゆ。〈後に改めて玖潭と書り。玖潭のことは上に出。〉 忽(こつ)をくたに用ひたり。〈に轉用したる例は下に出せり。〉

伴(一) 『和名抄』に玖澤とあるは誤也。

以上【ツ】の韻を【タ】に用ひたり。

 

〇ちヽぶ [秩]父〈武郡〉 知ゝ夫(ちヽぶ) 秩(ちつ)をちヽに用ひたり。 

右【ツ】の韻を【チ】に用ひたり。 但の韻の字、呉音には、一(いち)・日(にち)・吉(きち)・八(はち)などの如く、多くの韻に呼ば、是は通用の例には非れども、秩(ちヽ)はめづらしき故に姑舉つ。

 

〇いだて [伊]達〈奥郡〉 『神名帳』に出雲などに、伊太氐(いだて)と云社号多し。

右【ツ】の韻を【テ】に用ひたり。

 

〇おとくに [乙]訓〈山郡〉 於止久迩(おとくに) 乙(おつ)をおとに用ひたり。〈訓(くに)のことは上に出。〉

〇かとしか [葛]餝〈下総郡〉 加止志加(かとしか) 葛(かつ)をかとに用ひたり。但『万葉』には勝鹿(かつしか)又可都思加(かつしか)などあり。〈餝(しか)のことは下に出せり。 さて、山城の郡名の葛(かど)野の葛(かど)は、『古事記』の御哥に加豆怒(かづぬ)とありて、かづらを省けるなれば、字音にあらず、此(こヽ)と混ぜべからず。

〇もとろゐ [物]理〈備前郷〉 毛止呂井(もとろゐ) 物(もつ)をもとに用ひたり。〈理(ろゐ)のことは下に出。〉

〇かしと 佳[質]〈備後郷〉 加之土(かしと) 質(しつ)をしとに用ひたり。

〇やけひと 益[必]〈周郷〉 也介比止(やけひと) 必(ひつ)をひとに用ひたり。〈益(やけ)のことは下に出。〉

以上【ツ】の韻を【ト】に用ひたり。

 

入聲【キ】ノ韻ヲ同ノ音ニ通用シタル例

鈴 ▲入声の五種の韻も、はね声の五種の韻と同く、【キ】【ク】一類、【チ】【ツ】一類、【フ】一類にて、かなたのつまる韻に、此三つの別ちあるをば、こなたのさだかなる音にうつせるなり。此事は三音考に明辨あるに、はね音の方に推及されざりしは、かへす〲口惜き事也。

〇かとしか [葛]餝〈下総郡〉 加止志加(かとしか) 餝呉音しきしかに用ひたり。〈葛(かと)のことは上に出。〉

〇しかま [色]麻〈奥郡〉 志加万(しかま)

〇しかま [餝]磨〈播郡〉 『和名抄』に唱の注はなし。

〇あぢか 安[直]〈藝郷〉 安知加(あぢか) 直(ぢき)をぢかに用ひたり。

以上【キ】の韻を【カ】に用ひたり。

 

入聲【ク】ノ韻ヲ同ノ音ニ通用シタル例

〇みまさか 美[作]〈國〉 美万佐加(みまさか) 作(さく)をさかに用ひたり。

〇さがらか 相[樂]〈山郡〉 佐加良加(さがらか) 樂(らく)をらかに用ひたり。〈相(さが)のことは上に出。〉

〇あすかべ 安[宿]〈河郡〉 安須加倍(あすかべ) 宿(しゅく)を〈しゅを直音にしてに用ひ〉韻のに用ひたり。〈に當る字は省けり、字を省ける例下に出。〉

〇かヾみ [各]務〈濃郡〉 加ゝ美(かヽみ)〈務のことは下に出。〉

百木按に、各務又下に挙たる覚志もともに加賀と濁らずて清音ならむか。入声の【ク】を【加】に【久】に轉し用ひたるに皆清音に用ひたり。

〇つかま [筑]摩〈信郡〉 豆加万(つかま)

〇あさか 安[積]〈奥郡〉 阿佐加(あさか) 積(しゃく)を〈しゃを直音にしてに用ひ〉韻を轉じてに用ひたり。

〇さかど [尺]度〈河郷〉 尺をさかに用ひたり。〈『和名抄』本に、尺字を尸に誤れり、相模・伯耆などにも、尺度と云郷名例あり。〉清寧天皇の御陵坂門(さかど)原、此地あり。

〇かヾく [覺]志〈武郷〉 加ゞ志(かヾし)

〇たから [託]羅〈阿郷〉 多加良(たから)

〇はかた [博]多〈和・筑前〉

〇はかた [伯]太〈河〉 『神名帳』に見ゆ。『續紀』十一に波可多。

〇ありまか 阿理[莫]〈泉〉 『神名帳』に見ゆ。崇峻紀に有真香(ありまか)邑とある是なり。

以上【ク】の韻を【カ】に用ひたり。

 

〇やきづ [益]頭(駿郡) 益(やく)をやきに用ひたる也。是はもと燒津(やきづ)なり。然るを『和名抄』に、末志豆(ましづ)と注したるは、後に燒(やき)と云ことを忌て、益字の訓に唱かへたるものなり。〈さる例他にもあり。備後の安那郡は、穴(あな)なるを、安字の訓にかへて、やすなと唱るなど、同じこと也。又大和十市の郡の郷名飫冨(おほ)を飯冨と書かへて、いひとみと唱るも此類也。

彦丸 十三丁うら 三河の宝飫(ほ)を今宝飯(ほい)郡と云も同じ。

伴(二) 信、大飯〈おほいた〉をおほいと云もあヽいた(痛)を忌たるならん。

伴(一) 囗言にあヽと嘆言を俗におヽと云へり、則つよくいたきヿをおヽいたと云ふ。

〇おはらき 邑[樂]〈上野郡〉 於波良岐(おはらき) 樂(らく)をらきに用ひたり。〈邑(おは)のことは上に出。〉

〇さへき 佐[伯]〈藝郡〉 佐倍木 伯(はく)をへきに用ひたり。〈をへに轉用したる例は下に出。〉

〇いふすき 揖[宿]〈薩󠄀郡〉 以夫須岐(いふすき)

〇つきや [筑]陽〈雲郷〉 『風土記』に調屋(つきや)とあり。

〇しがらき 信[樂]〈近〉 『續紀』には紫香樂(しがらき)とあり。〈信(しが)のことは下に出。〉

以上【ク】の韻を【キ】に用ひたり。

 

〇やちひと [益]必〈周郷〉 也介比止(やちひと) 益(やく)をやけに用ひたり。〈必(ひと)のことは上に出。〉

右【ク】の韻を【ケ】に用ひたり。

 

【イ】ノ韻ヲ【ヤ】の行ノ音ニ通用シタル例

〇はやし [拜]師〈加・越中・阿・讃等郷〉 波也之(はやし)

〇はやし [拜]慈〈備中郷〉 波也之(はやし)

〇はやし [拜]志〈豫郷〉 波也之(はやし) これら[拜]をはやに用ひたり。此外諸國に、拜志と云郷名多し。皆はやしにて、林の意なり。

以上【イ】の韻を【ヤ】に用ひたり。

 

〇あゆち [愛]智〈尾郡〉 『書紀』に吾湯市(あゆち)又年魚市(あゆち)。『万葉』にも年魚市(あゆち)とあり。然るを『和名抄』に、阿伊知(あいち)と注せるは、後に訛れる唱なり。〈魚のあゆをも、今人はあいと云に同じ。〉愛(あい)をあゆに用ひたり。

〇あゆかは [愛]甲〈相郡〉 阿由加波(あゆかは)〈甲(かは)のことは上に出。〉

以上【イ】の韻を【ユ】に用ひたり。

 

【ア】ノ行ノ音同通用セル例

〇あご [英]虞〈志郡〉 阿呉(あご)

〇あいた [英]多〈作郡〉 安伊多(あいた)

〇あが [英]賀〈備中郡・播郷〉 阿加(あが) 是ら英(えい)をあいに用ひたり。

〇あちえ [謁]叡〈丹後郷〉 『神名帳』に阿知江(あちえ)とある是也。謁(えつ)をあちに用ひたり。

鈴 ▲英に似たる央にの音あり。謁に似たる遏にも同じ通用せるもこれによるヿもあらんか。

〇えち [愛]智〈近郡〉 衣知(えち) 愛(あい)をに用ひたり。

〇おたぎ [愛]宕〈山郡〉 於多岐(おたぎ) 

鈴 ▲愛をともとも云は、帝を、礼を、臺を、乃をの格にて上代の呉音の別種にして通用と云ふにもあらざるか。

〇おはらき [邑]樂〈上野郷〉 於波良岐(おはらき)

〇おふみ [邑]美〈因郡・石・播等郷〉 於不美(おふみ)

〇おほち [邑]知〈石郡・能郷〉 於保知(おほち)

〇おほく [邑]久〈備前郡〉 於保久(おほく) 邑を如此(かく)に用ひたりが多きは、此字呉音おふなれば也。されば此(こ)は通用には非れども、此おふの音を、人多くは知らざる故に、姑舉つ。

 

【カ】ノ行ノ音同通用セル例

〇くヽち [菊]池〈肥後郡〉 久ゝ知(くヽち) 〈『神代紀』に菊理(くヽり)媛と云神名もあり。〉後世に是きくちと云は、字音に依て、訛れるものなり。

〇くヽま [菊]麻〈上総郷〉 久ゝ万(くヽま) 〈『和名抄本』、菊字を菓に誤れり。〉 これら菊(きく)をくヽに用ひたり。

鈴 ▲菊のまことの音は【キュク】なるを【キク】とも【クヽ】とも二やうの直音にうつせるにて、これ亦通用と云ふにもあらじか。

〇みぐみ 美[含]〈但郷〉 三久美(みぐみ) 含(ごん)をぐみに用ひたり。〈但字を用ひたることは、めづらしければ、ふくみの訓を兼ねたる意もあるか。

〇くたみ [忽]美〈雲郷〉 『風土記』に見ゆ。〈上にも出。〉忽(こつ)をくたに用ひたり。

鈴 ▲忽を【クツ】と云ふ音あるまじきにもあらず。

〇こむく [感]〈河〉 『神名帳』に見ゆ。『和名抄』には紺口(こむく)とあり。感呉音こんなり。仁徳紀に感玖(こむく)、又『古事記』に高目郎女(こむくのいらつめ)、應神紀に澇来田(こむくだ)皇女などある。皆一地名也。

鈴 感のこんはもとより也。

 

【サ】ノ行ノ音同通用セル例

〇しだら [設]樂〈三郡〉 志太良(しだら) 設(せつ)をしだに用ひたり。〈の韻をに轉用せる例は上に出。〉

〇あすかべ 安[宿]〈河郡〉 安須加倍(あすかべ)〈の韻を轉用せる例は上に出。〉

〇すくヽ [宿]久〈津郷〉 『神名帳』に須久ゝ(すくゝ)神社とある地なり。〈『和名抄本』に久字を人に誤れり。〉 これらは宿(しゅく)をしゅを直音にしたるなれば、〈宿祢(すくね)・宿世(すくせ)なども同じ。〉通用には非れども、姑舉つ。

 

【タ】ノ行ノ音同通用セル例

〇つくし [筑]紫〈國〉 筑(つく)〈又竺とも作(かけ)り。〉をつくに用ひたり。

〇つヽき [綴]喜〈山郡〉 豆ゝ岐(つヽき) 綴(てつ)をつヽに用ひたり。〈下のを濁るは非なり。『古事記』にも『書紀』にも、筒(つヽ)と書たり。然るにめづらしき綴字をしも用ひたるは、清濁を通はして、つヾるの訓を兼ねたる意もあるか。上なる美含(みぐみ)の例思ふべし。〉

〇つくは [筑]波〈常郡〉 豆久波(つくは)

〇あづみ 安[曇]〈信郡〉 阿都三(あづみ) 曇(どん)をづみに用ひたり。

〇つかま [筑]摩〈信郡〉 豆加万(つかま)

〇つるが [敦]賀〈越前郡〉 都留我(つるが) 敦(とん)をつるに用ひたり。

〇つくま [筑]摩〈近〉

〇つくま [託]馬〈同上〉 『万葉』三に見ゆ。託(たく)をつくに用ひたり。

鈴 △託のつく、筑のつくも共に訓をかねたるべし。

伴(三) 託は『和名抄』に多久と訓めり。宒美・託間・宅万・託万・託農〈多久乃〉・託美(多久美)などあり。又託羅(多加良)ともはたらかせり。されば託(たく)をつくに用ひたることいかヾ。

〇つくぶすま [筑]夫嶋〈近〉 『三代實録』卅五に見ゆ。『神名帳』に都久夫須麻(つくぶすま)とあり。今ちくぶしまと云は訛也。竹と書たるもつく也。

 

【ナ】ノ行ノ音同通用セル例

〇なら [寧]樂〈和〉 寧は奴丁(ど・てい/ぬ・ちゃう)反、漢音でい、呉音にやう〈常には漢呉共にねいと呼。〉なるを、に用ひたり。〈但しにやうにやを直音にすればとなる。〉諾樂(なら)・乃樂(なら)など書るは、本音にて、韻を省ける例なる。〈諾は奴各(ぬ・かく)反なれば、呉音なく也。伊邪那岐神の御名の那岐を、『書紀』に諾(なぎ)と書れたるも、此音の韻を轉用したるものなり。

 

【ハ】ノ行ノ音同通用セル例

〇あへ 阿[拜]〈伊郡〉 安倍(あへ) 敢(あへ)とも書り。〈清音也。〉 拜(はい)をに用ひたり。是は尋常の假字にも、賣(まい)・米(まい)を、礼(らい)を、帝(たい)をに用る類と、同格なり。〈礼(れ)・帝(て)など、漢音のれいていを取るには非ず。〉又『書紀』の假字には哀(あい)・愛(あい)を、開(かい)・階(かい)を、西(さい)・細(さい)を、俳(はい)・珮(はい)を、昧(まい)・毎(まい)をに用ひたる類多きも同じ。

〇さへき 佐[伯]〈藝郡〉 佐倍木(さへき) 伯(はく)をへきに用ひたり。

〇くるへ 訓[覇]〈勢郷〉 久留倍(くるへ) 覇呉音なり。然れども人多くは、此呉音を知らざる故に、舉つ。此字、『續紀』の宣命などにも、の假字に用ひられたり。〈訓(くる)のことは上に出。〉

鈴 ▲伯・覇の二字通する事ありしかれば、伯にもへきの音ありしならん。すべて今の世に傳はれる漢呉音の外に古は猶くさ〲の音ありしとみえたるに、人多くこれを思はぬ也。

〇#ひらがな闕# [覇]多〈遠郷〉 反多#るび闕# 此反は、へんと唱るよしか、はたか、詳ならず。此郷名國人に尋ねべし。

〇たへ 多[配]〈讃郷〉 多倍(たへ)

 

【マ】ノ行ノ音同通用セル例

〇さがむ 相[模]〈國〉 模(も)をに用ひたり。此國名の事、上に云るが如し。

〇かヾみ 各[務]〈濃郡〉 加ゞ美(かヾみ) 務(む)をに用ひたり。

〇まさむく 巻[目]〈和〉 『万葉』七に見ゆ。もくむくに用ひたり。常に纒向(まきむく)など書り。〈まきもくと唱るは、ひがことなり。〉

鈴 △目にむくの音あるべきヿ、『韻鏡』にて同じ等(しな)の字を見てしるべし。

〇こむく 高[目]〈河〉 『古事記』に見ゆ。此地の事、上に出たり。

 

【ヤ】ノ行ノ音同通用セル例

〇やむや [塩]冶〈雲郷〉 『風土記』に止屋(やむや)又夜牟夜(やむや)、崇神紀にも止屋(やむや)とあり。えんやむに用ひたり。後世に此えんやと唱るは、字に依て訛れる也。〈『和名抄本』に冶字を沼に誤れり。〉

〇いくれ [勇]礼〈越後郷〉 以久礼(いくれ) 勇(ゆう)をいくに用ひたり。

伴(三) 駿河國安倍郡八祐〈也介之#之介カ#〉とある注は也以久の誤ならむ。祐もゆうの音なり。

 

【ラ】ノ行ノ音同通用セル例

〇とヾろき 等[力]〈甲郷〉 止ゝ呂木(とヾろき) りきろきに用ひたり。

 

雜(くさ〲)ノ轉用

〇はヽき [伯]耆〈國〉 波ゝ岐(はヽき) 伯(はく)をはヽに用ひたり。

〇つしま [對]馬〈國〉 都之万(つしま) 『古事記』に津嶋とあり。此意の名也。然るを對馬と書るは、漢籍(からぶみ)『魏志』に見えたり。されば此(こ)はもと、彼國にて譯したる字なるを、そのままに用ひられたるものなるべし。其故はつしに對字を書る。假字のさま、當昔(そのかみ)皇國の假字の用ひざまには似ざれば也。

〇ふヽし [鳳]至〈能郡〉 不布志(ふヽし) の韻をに用ひたり。

伴(三) 注の不布志は不希を誤れり。

〇おほく [大]伯〈備前郡邑久(おほく)是也〉 『書紀』に見ゆ。大来(おほく)ともあり。伯(はく)をに用ひたり。〈上のおほのゆかりに、其通音のへ連(つヾ)けて、はくの音の字を用ひたるか。然らずは、はくの音の字を用ふべきよしなし。

伴(一) 出雲風土記島根郡の郷に法吉あり。とはほふきなるべし。鶯の声によれりときこゆ、本書考べし。此郷『和名抄』にもあり。

〇さはら [早]良〈筑前郡〉 佐波良(さはら) の韻をに用ひたり。

伴(一) 『神名帳』筑後囗高良玉垂命神社こと高良をかはらと云ふも、高の音かうかはに用ひたる也。早良と仝くの韻をに用たり。

〇とヾろき [等]力〈甲郷〉 止ゝ呂木(とヾろき) とうとヾに用ひたり。

〇うなみ 宇[納]〈越中郷〉 宇那美(うなみ) なふなみに用ひたり。若くは納は、網を誤れる字か。〈丹後の郷名の〔糸+龱〕野(あみの)をも、納野と誤れる例あり。彼〔糸+龱〕野は、『神名帳』にも見ゆ。今も〔糸+龱〕野村と云ありて、まがひなし。〉然らばうのあみを切(つヾ)めて、うなみなり。

伴(二) 音にはあらねど、河内〈隠郷〉加無知、飯田〈讃岐〉育多。

〇しヽぬ [漆]沼〈雲郷〉 『風土記』に𦾔志司沼(もとしヽぬ)と書るよし見えたり。しつししに用ひたり。

〇もとろゐ 物[理]〈備前郷〉 毛止呂井(もとろゐ) 理(り)をろゐに用ひたる、〈ろゐの反〉いとめづらし。

〇かしを 賀[集]〈淡郷〉 加之乎(かしを) しふしをに用ひたる、めづらし。〈若くは乎字は、布(ふ)を誤れるには非ずるか。此郷名國人に尋ぬべし。

〇しつな 志[筑]〈淡郷〉 之都奈(しつな) ちくつなに用ひたるいかヾ。〈奈字、誤写なるべし。此郷名國人に尋ぬべし。

伴(一) 之都奈は之都支を誤れり。〇志筑と書てしづきと呼ぶ家号あり。

〇かくち [甲]知〈讃郷〉 加久知(かくち) かふかくに用ひたりるいかヾ。〈久字は誤写か。〉

伴(一) 甲知は角知を誤ならむ。

〇かわら [考]羅〈山〉 仁德紀に見ゆ。『古事記』に訶和羅(かわら)、崇神紀に伽和羅(かわら)とある、同地也。の韻をに用ひたり。

〇にひき 新[益]〈和〉 持統紀に見ゆ。天武紀又持統紀にも、ところ〲に新城(にひき)とあると一つにて、此二御世に、都を遷し賜はむとせし地也。〈『續紀』に、宝亀五年八月、幸新城とあるも、此(こヽ)なり。今添下郡に新木(にき)村と云處也と云り。〉えきの音の字を用ひられたるは、〈上なる大伯(おほく)の伯(く)の如し、〉好字を撰ひてなるべし。

〇かわら [各]羅〈筑前〉 雄畧紀・武烈紀に見えて、かわらと假字附せり。 かくかわに用ひたりか。

伴(二) #今のところ意味不明で、姑くここに置く#菊麻〈上総郷名、久ゝ萬〉、志樂〈丹后郷名、シタラ〉、早良〈筑前郷名、佐波良〉

〇みまな 任那〈外國〉 此名は漢籍にも見えたれど、もと皇國より名けたるにて、みまなの假字也。〈百濟をくだら、新羅をしらぎなど云とは異なり。〉任(にん)をみまに用ひたり。〈とは通ふ例多く、又の韻を、に用ひたる例も、上に出せるが如し。〉

鈴 ▲みまの後にあやまれるなるベし。もとはにまなとぞ云けん、の互に訛れるは古言に例あり。又任の韻に用るは此字もとにむの音なればなり。

伴(一) ●信友云、垂仁二年紀一書に、天皇詔阿羅斯等曰云ゝ、改汝本國名、追負御間城天皇御名、便爲汝國云ゝ、故号其國弥摩那國とみえたれば、にまなと云はむ事由なし。又この本書に任那は皇國より名つけたる名といはれたるはいかヾ、任那はもとより其國の名なるを皇朝よりみまなといふ名を改め賜ひたる也、故任那と書てみまなとよむ也。百濟をクタラと云ふも字によらずして皇國より呼ぶ称なると仝じ。こヽに任をミマに用ひたる由の説はたヾよはしき説也。さて壬生を美夫また尔布ともよむによりて、任壬通用の例ならんともおもはるれど、よくおもへば別也。壬生のヿは記傳三十五の十一丁にくはしく辨へられたり。

 

韻(ひヾき)の音の字を添たる例

たヾ一音(ひとこゑ)の名は、二字に書に、足ざるが故に、其韻(ひヾき)の音の字を添て、二字とせり。今其例を此(こヽ)に舉

伴(一) 郷字を添て二字とせる例。遊郷(阿曽布) 池郷(以介) 櫛郷(久之)。右『倭名抄』。

〇き 紀[伊]〈國〉 是木(き)國なるを、の韻(ひヾき)の音の字を添たるもの也。下皆此に効(なら)ひて知べし。

〇き 基[肄]〈肥前郡〉 肄音也。

伴(一) ●基肄 信按肥前風土記に――郡云ゝ、天皇勅曰、彼国可霧(きり)之国、後人改号基肄国、今以為郡名とあり。きりと云ふを訛りてきいと云へる由なれば、紀伊国などの例にはあらず。

〇ゐ 渭[伊]〈遠郷〉 井以(ゐい) こはと注すべき例なるに、井以と注せるはいかヾ。

〇ひ 斐[伊]〈雲郷〉 『古事記』に肥、『書紀』に簸(ひ)と書れたり。〈『和名抄本』に、伊字を甲に誤れり。『風土記』に伊とあり。

〇ひ 毘[伊]〈肥後郷〉

〇つ 都[宇]〈備中郡・近・越後・備後・藝等郷〉 津(つ)

〇ゆ 由[宇]〈周郷〉

〇え 頴[娃]〈薩郷〉(赤字で修正:郡) 江乃(えの) 『續紀』一に衣評(えのこほり)とある、是なり。〈郡を評(赤字で修正:書)と云こと、『書紀』にも、其外にも例あり。〉神代の可愛(え)山陵も此地也。〈此事は、『古事記』傳に委云り。さて、此郷名、今國人はえいと云り、『和名抄』に、江乃(えの)と注したるはいかヾ。思に此はえの郡と云ときの、を添て書るにこそはあらめ。〉娃字は、あいの音なるを、に用ひて、添たる也。〈あいをに用るは、愛(え)・埃(え)・哀(え)などの如し。〉

〇せ 弟[翳]〈備中郷〉 勢(せ) 翳字は、の假字に添たる也。さて、弟をと云は、女よりは、弟をも兄(せ)と云へば也。此郷名、さる由ありて、弟とは書るなるべし。さて、此弟(せ)は、字音に非るに、韻(ひヾき)の音の字を添たるは、めづらしき例也。

〇ほ 寶[飫]〈三郡〉 穗 飫はの假字也。

〇そ 囎[唹]〈隅郡〉 曽於(そお) 『書紀』に襲(そ)國とある是也。されば曽(そ)と注すべき例なるに、曽於と注せるはいかヾ。

〇を 呼[唹]〈泉郷〉 乎(を) 『古事記』及『神名帳』などに、男(を)とあり。

〇と 斗[意]〈備後郷〉 意はの假字也。

〇と 覩[唹]〈日郷〉

〇都[於]〈石郷〉 此は都をの音に用ひたるか、又は都字は、覩(と)を写誤れるものか。何れにまれヽ云名に非れば、下の於字當らず。〈若ならば、下の字宇(う)ならでは叶はず。なほ、此郷名、國人に尋ぬべし。〉

伴(一) 信云、出雲風土記秋鹿郡に都於島あり。

 

字を省ける例

凡て國名・郡名・郷名、皆必二字に書べき、御さだめなるに、長くして、二字には約め難きをば、字を省きて書たり。その例は國名上野・下野は、かみつけぬしもつけぬにて、『古事記』などには上毛野(つけぬ)・下毛野(つけぬ)とあるを、毛字を省き、大和の郡名磯城(しき)上下を磯字を省きて、城上(しきのかみ)〈之岐乃加美(しきのかみ)〉・城下(しきのしも)〈之岐乃之毛(しきのしも)〉と書き、葛城(かづらき)上下をば、城字を省きて、葛上(かづらきのかみ)〈加豆良岐乃加美(かづらきのかみ)〉・葛下(かづらきのかみ)〈加豆良岐乃之毛(かづらきのしも)〉と書たぐひ、諸國に多きを、其例にて、字音を以て書るにも、字を省けりと見ゆる。彼此(これかれ)有るを、今此(こヽ)に舉

伴(一) 多賀城碑、天平宝字六年建、下野国と毛字なし。

『万』廿〈十七丁〉相模囗防人足下郡〈あしからしもの郡也〉#判読できない文字#

上野囗群馬郡古碑に上野国と書て毛字省けり。此碑神亀三年丙寅二月二十九日とあり。#判読できひん#それより以前に毛字を省たることおもへば、『古事記』〈和銅五年撰〉には上毛野とあり、和銅六年に改字とありて神亀は次の年号なれはよく叶へり。

〇むざし 武藏□(むざし)〈國〉 藏字は、に用ひたるなるべければ、に當る字を省けるなるべし。〈藏(ざう)をざしには用ひたるべければなり。〉『古事記』には牟邪志(むざし)と書き〈邪も藏も濁音なれば、古はさを濁りしなるべし。〉又古書に身刺(むざし)とも書たり。〈身をと云ること、例多し。〉

〇たぢま 但□馬(たぢま)〈國〉 太知万(たぢま) 是も但字、たぢに當る字を省ける也。『古事記』には多遅麻(たぢま)、𦾔事紀國造本紀には但遅麻(たぢま)と書り。

鈴 ▲但の音はたににてに轉用したる也。下の丹比(たぢひ)おなじ。

伴(一) 信友云、此説是也。『日本紀』天武巻に丹比公、又仝巻・持統巻に丹比真人嶋とあり。此を『續紀』二に大宝元年云ゝ多治比真人嶋薨云ゝ宣化天皇玄孫多治比王之子也とありて、多治比氏を『日本紀』に丹比とかれるは、を省けるにはあらで、丹をたぢに用たる也。丹波の丹もたに同例。

〇みまさか 美□作(みまさか)〈國〉 美万佐加(みまさか)

〇ますかべ 安宿□(あすかべ)〈河郡〉 安須加倍(あすかべ) 雄畧紀には飛鳥戸(あすかべ)郡とあり。

〇たぢひ 丹比(たぢひ)〈河郡〉 太知比(たぢひ) 『古事記』に多遅比(たぢひ)とある、是なり。『續紀』三二、安八萬王と云人名あるも、此地名に由れりと聞ゆ。〈天武紀には、あはつまと假字附をしたれども、あはちまなるべし。又今國人は、あんぱち郡と云は、字に依れるいやしき唱なり。〉

〇とよめ 登□米(とよめ)〈奥郡〉 止与米(とよめ)

〇ちぶり 知□夫(ちぶり)〈隠郡〉

〇あがた 英□太(あがた)〈勢郷〉 阿加多(あがた)

〇ころも 舉□母(ころも)〈三郷〉 古呂毛(ころも)

〇つがは 都賀□(つがは)〈石郷〉 都加波(つがは)

〇やまくに 養□訓(やまくに)〈藝郷〉 也万久尔(やまくに)

伴(一) 『続後記』に大養德国の養も也万なり。こは養麻の麻を省けるにはあらで、もとより養を也万に用たるにや。又此ころはやく好字を撰てに当る字を省れたるにや。

伴(二) 伊勢山田をやうだと音便によぶをもおもへば、養を也万に假るなるべし。

〇しがらき 信□樂(しがらき)〈近〉

伴(二) 信もしがの轉用なるべし。の員は加行濁と良行としたしく通用。

伴(二) 因に云、若狭郷名、佐分〈大飯〉:さぶりと云。佐文〈遠敷〉:いつこか今は知がたし同名三郷のうちなれば、これをもさぶりと云へし。

〈上件字を省ける例をせる中に、韻を轉じたる例として、上に出せる雜(くさ〲)の轉用の中に収(い)るべきもあらむか、又かの雜の轉用の中に収(い)れたるに、字を省ける例なるもあらむか、此二つの例、今慥には分がたきかたに分て舉つ。〉

 

寛政十二申年正月

宇惠末都藏版